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こんにちは!
前回の記事で、「岩根山不動寺への恐怖のアクセス」をご紹介しました。
(まだ読んでいない方は、まずそちらで「心の準備」をしてきてください…笑)
今回は、その苦労をしてでも見る価値がある「歴史とミステリー」について深掘りします。
ただの山奥のお寺ではありません。
ここには、平安時代のスーパースター・弘法大師(空海)の伝説と、歴史の教科書に出てくる「あの激動の年」の刻印が残されているのです。
静寂の中で私が感じた「異界」の正体。
それは、高さ約6mの巨岩に刻まれた、1000年以上前から続く人々の「切実な祈り」のエネルギーだったのかもしれません。
📜 謎①:なぜ「1334年」なのか?
本堂の裏手にある、見上げるほど巨大な岩壁。
そこに刻まれた「磨崖不動明王(まがいふどうみょうおう)」は、像の高さだけで約4.3m、岩全体では6mにも及ぶ日本最大級の磨崖仏です。
その右肘のあたりをよく見ると、ある文字が刻まれているといいます。

現地の案内板には、こう書かれています。
「建武元年(1334)三月七日」
歴史好きの方なら、この年号にピンとくるはず。
そう、後醍醐天皇による「建武の新政」が始まった年です。
鎌倉幕府が滅び、世の中がひっくり返った激動の時代。
都(京都)が混乱を極める中、なぜこの滋賀の山奥で、これほど立派な不動明王が彫られたのでしょうか?
- 戦乱の世を鎮めるため?
- 新しい時代の安泰を祈るため?
詳しい理由は謎のままですが、この不動明王様が、700年近く前の人々の「必死な願い」を背負っていることだけは間違いありません。
そう思うと、苔むしたお姿がより一層、神々しく見えてきませんか?
🐉 謎②:弘法大師と「雨乞い」の伝説
もう一つの大きな謎は、「誰がこの寺を造ったのか」です。
1334年の刻印よりさらに500年も昔、創建はなんと弘法大師(空海)だと伝えられています。
延暦年間(782〜805)、この地を訪れた空海が、岩に不動明王を刻んで「雨乞い(あまごい)」をしたのが始まりだとか。
もしこの伝説が本当なら、1334年の人々は、空海が開いた聖地に「すがるような思い」で再び仏を刻んだのかもしれません。
水と龍神の気配
実際、この場所には不思議なほど「水」の気配があります。
近くには川が流れ、境内は常に湿潤な苔に覆われています。

不動明王は、龍神を従えて雨を降らせる仏様としても知られています。
日照りに苦しむ農民たちのために、空海がこの巨岩に祈りを込めた……。
私が感じた「スピリチュアルな静寂」は、ここが古来より「龍神さまの住処」だったからかもしれません。
⛰️ 結論:ここは「生きた祈り」の場
博物館のガラスケースに入った仏像も美しいですが、
こうして雨風にさらされ、自然と一体化した「日本最大級の磨崖仏」には、言葉にできない迫力があります。
「対向困難な酷道」を越えた先に待つ、1334年のタイムカプセル。
ぜひ、あなたの目で確かめてみてください。
👇 岩根山不動寺へ行きたくなった方へ
まずは「行き方」を予習してください。
ナビ通りに行くと泣きを見るかもしれない、リアルなアクセス情報はこちらの記事で解説しています。
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